芋焼酎「赤霧島」の原料として、「ムラサキマサリ」という名前を目にしたことがあるかもしれません。紫芋(むらさきいも)の品種のひとつですが、青果としてスーパーの店頭で見かける機会は多くありません。
実はムラサキマサリは、食べておいしいことよりも、濃い紫色の色素をとることと、加工しやすいことを重視して育てられた品種です。
本記事では、ムラサキマサリとはどんなさつまいもなのか、名前の由来から味・用途・作付けの状況まで、農研機構や農林水産省の一次情報をもとにわかりやすくご説明したいと思います。
ムラサキマサリとはどんなさつまいも?
ムラサキマサリは、農研機構が育成した紫肉のさつまいもで、アントシアニンを多く含む加工用の品種です。青果用として売られることは少なく、色素の原料や芋焼酎の原料として使われてきました。まずは、この品種の基本的な位置づけと登録データを整理します。
一言でいうと「色素と加工のために育てられた紫芋」
ムラサキマサリは、アントシアニン含有量の多い加工用のさつまいも品種です。アントシアニンとは、紫芋の紫色のもとになるポリフェノールの一種で、水に溶けやすい天然色素を指します。
農研機構は本品種について、ペーストやパウダーなどの加工用としての利用に適する一方、蒸しいもの食味は劣ると説明しています(農研機構: 品種詳細「ムラサキマサリ」)。つまり、焼きいもや蒸かしいもとして楽しむために作られた品種ではありません。
なお、漢字では「紫優」と表記します。焼酎のラベルや商品説明でこの表記を見かけることがありますが、同じ品種を指しています。紫芋という呼び名が指す範囲については、紫芋とはどんなさつまいもかの記事で詳しくご説明しています。
[画像挿入推奨: 紫肉のさつまいもを切った断面(alt: 果肉まで濃い紫色のさつまいも)]
ムラサキマサリの品種データ
登録に関する情報は、年や番号の取り違えが起こりやすい部分です。ここでは農研機構と農林水産省の一次情報にもとづいて整理します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作物種 | カンショ(さつまいも)Ipomoea batatas |
| 育成機関 | 農研機構 九州沖縄農業研究センター |
| 農林登録名 | かんしょ農林54号(2001年に命名登録) |
| 漢字表記 | 紫優 |
| 交配組み合わせ | 「アヤムラサキ」×「シロユタカ」(1993年に人工交配) |
| 旧系統名 | 九州132号 |
| 出願番号 | 13711(2001年8月10日出願・公表2002年1月24日) |
| 品種登録番号 | 第12276号(2004年11月8日登録) |
| 育成者権 | 存続期間20年・2024年11月8日で満了 |
ここで注意したいのが、「農林54号として命名登録された2001年」と「品種登録された2004年」は別のできごとだという点です。「2001年に品種登録」「平成14年に品種登録」とする記述も見かけますが、農研機構が示す登録日は2004年11月8日です。
ちなみに、同じ紫芋のパープルスイートロードの品種登録番号は第12277号で、すぐ次の番号にあたります。
「紫優」という名前の由来と、育成のねらい
品種名には、その品種に何を期待していたかが表れます。ムラサキマサリという名前と、その育成の背景をたどると、この品種が「食べるため」ではなく「使うため」に生まれたことがよくわかります。ここでは名前の由来と、開発の出発点になった課題をご紹介します。
紫色素を多く含み、外観がすぐれることから「紫優」
農研機構は命名の由来について、紫色素を非常に多く含み、外観の良いかんしょ品種を表すと説明しています(農研機構: プレスリリース、2001年)。
「マサリ」は「優」の字があてられ、すぐれているという意味合いです。さつまいもには「べにまさり」「ときまさり」など「まさり」の付く品種名がいくつかあります。
アヤムラサキの「使いにくさ」を解決するために生まれた
ムラサキマサリの母親にあたるのが、色素原料用として育成されたアヤムラサキです。農研機構は当時、収量性など農業的な形質にすぐれた高アントシアニンの育成品種はアヤムラサキに限られていたと説明しています(農研機構: プレスリリース、2001年)。
ただし、アヤムラサキには課題もありました。農研機構によれば、いもが細長く条溝(じょうこう=いもの表面の溝)が深いため、収穫や加工の面でやや難点があるとされています。
そこで、高アントシアニンのアヤムラサキを母、多収で高でん粉のシロユタカを父として1993年に人工交配し、選抜されたのがムラサキマサリです。その結果、いもの形状は紡錘形(ぼうすいけい=両端が細まった形)、外観の評価は「上」となり、アヤムラサキに比べて収穫しやすく、加工適性もすぐれた品種になりました。
味と食感——ムラサキマサリは食べられるの?
「紫芋の品種なら、焼きいもにしたらどうなるのだろう」と気になる方もいらっしゃるかもしれません。結論から申し上げると、この品種は青果用として設計されたものではありません。ここでは食味の評価と、それでも栽培される理由をご説明します。
蒸しいもの食味は「劣る」と評価されている
農研機構は本品種について、ペーストやパウダーなどの加工用としての利用に適するとしたうえで、蒸しいもの食味は劣ると明記しています。加工用を主目的とする品種のため青果向けの主力品種ではなく、一般の店頭では見かけにくい品種です。多くの場合は、加工品や焼酎を通じて口にすることになります。
紫芋には、甘さと食感を追求した青果用の品種と、色の濃さと扱いやすさを追求した加工用の品種があります。「紫芋は甘くない」と言われることがありますが、それは加工用品種の性質を紫芋全体に当てはめた説明にすぎません。
それでも家庭菜園などで植えられる理由
食味の評価とは別に、この品種には栽培・利用の面での利点があります。
・果肉の紫色が濃く、菓子やペーストの着色に向く
・サツマイモネコブセンチュウ、ミナミネグサレセンチュウへの抵抗性が「強」、黒斑病は「やや強」
・いもをそのまま畑に植え付ける直播(じかまき)栽培に適する
種苗店の苗リストにも掲載され、着色用として家庭菜園で育てられることがあります。
ムラサキマサリは何に使われている?
濃い紫色と加工のしやすさという特徴は、そのまま用途に直結しています。ムラサキマサリの使われ方は大きく分けて、色素・加工原料としての用途と、芋焼酎の原料としての用途の2つです。ここではそれぞれをご説明します。
ペースト・パウダーなど加工原料として
農研機構が挙げている用途は、ペースト、パウダーなどの加工用です。紫色のさつまいもペーストは、菓子やパン、アイスクリーム、飲料などに使われ、着色料を加えなくても自然な紫色を出せる点が生かされます。
また、切干歩合(きりぼしぶあい=いもを乾燥させたときに残る重量の割合)はアヤムラサキより2〜4ポイント高いとされています。乾燥品やパウダーに加工する際の歩留まりがよいということです。
そもそも紫芋がなぜ紫色をしているのかについては、紫芋が紫色になる理由の記事で詳しくご説明しています。
[画像挿入推奨: 紫芋のペーストを使った菓子(alt: 紫芋のペーストで色付けした菓子)]
芋焼酎の原料として
この品種の名前が広く知られるようになったのは、芋焼酎の原料としてです。宮崎県都城市の霧島酒造は、「赤霧島」の原料に紫芋の「紫優(ムラサキマサリ)」を使用していると説明しています。
ここでよく誤解されるのが、「紫芋の焼酎だから紫色や赤色をしている」という点です。実際には、アントシアニンは揮発しない性質のため、蒸留した焼酎の側にはほとんど移りません。紫芋を原料にした芋焼酎も、基本的には無色透明です。
では「赤」の由来は何でしょうか。霧島酒造の説明によれば、紫優に含まれるアントシアニンが焼酎麹の生成するクエン酸と反応し、発酵中のもろみが赤くなることに由来します。つまり色は、製品ではなく製造途中のもろみの話です。
紫芋を使った芋焼酎の個性は、色ではなく香りにあります。赤ワインやヨーグルトを思わせる香りと評価されることがあり、その特徴的な香りにはジアセチルという成分が関与しているとされています。なお、ジアセチル自体の香りは、酒類総合研究所の官能評価用語ではバター様・ヨーグルト様と表現される成分です。
なお、20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。民法の成年年齢は18歳ですが、飲酒できる年齢は20歳以上のままです。お酒は20歳以上の方が適量を楽しむものとしてご紹介しています。
アヤムラサキ・ふくむらさきとの違い
紫芋の品種は、どれも同じように見えて、目指しているものが違います。ムラサキマサリ、母親のアヤムラサキ、青果用のふくむらさきを並べると、その違いがはっきりします。ここでは3品種を比較しながら、選び分けの考え方を整理します。
3品種の比較
まずは、育成のねらいがどう違うのかを表で見比べてみましょう。
| 品種 | 品種登録 | 主な用途 | 食味の評価 |
|---|---|---|---|
| ムラサキマサリ | 第12276号(2004年) | 色素・ペースト等の加工用、焼酎原料 | 蒸しいもの食味は劣る |
| アヤムラサキ | 第7497号(1999年) | 色素原料用 | 食味は良くない |
| ふくむらさき | 第28530号(2021年) | 青果用(焼きいも・蒸しいも) | 蒸しいもの糖度が高く食味が優れる |
いずれも農研機構が育成した紫肉のさつまいもですが、ねらいは大きく異なります。本品種はアヤムラサキの扱いにくさを改良した加工用、ふくむらさきは紫芋で「おいしさ」を実現することを目指した青果用です。
「紫芋は甘くない」は品種によります
紫芋全体が甘くないわけではありません。ふくむらさきは、パープルスイートロードより蒸しいもの糖度が高く、しっとりとした食感で食味がすぐれると評価されています(農研機構)。糖度は栽培や貯蔵・加熱の条件で変わるため、あくまで甘さの目安です。
紫芋を選ぶときは、焼きいもとして食べたいのか、色を生かした加工に使いたいのかという目的から考えると、迷いにくくなります。
どのくらい作られている?苗は手に入る?
加工用の品種は流通の表に出にくいため、実際にどれくらい作られているのか見えにくいものです。ここでは公的統計にもとづく作付面積と、栽培してみたい方に向けて種苗法上の扱いをご説明します。品種によって扱いが異なる点が、意外と見落とされがちです。
作付面積は令和5年産で約222ha
農林水産省「かんしょ品種の普及状況」によると、ムラサキマサリの作付面積は令和5年産(概算値)で約222ha、作付シェアは0.7%です。
同じ統計に個別に掲載されている紫肉品種と比べると、ちゅら恋紅が約96ha、アヤムラサキが約60ha、沖夢紫が約34ha、パープルスイートロードが約5haとなっており、個別に集計されている紫肉品種のなかでは最も広い面積です。加工・焼酎向けの需要が、面積を支えていると考えられます。
ただし、この統計には「その他」「不明」に分類される面積も相当量あり、すべての紫芋を網羅した数字ではない点にはご注意ください。なお、品種別の作付面積は2026年7月時点で令和5年産(概算値)が最新で、年産ごとに更新されます。
育成者権は満了し、現在は「一般品種」
この品種の育成者権は、2024年11月8日に存続期間が満了しています。農林水産省は、品種登録期間が切れた品種などを「一般品種」と呼び、その利用に制限はないとしています。したがって、ムラサキマサリは現在、一般品種にあたります。
一方、ふくむらさき(品種登録番号第28530号)のように育成者権が存続している登録品種は扱いが異なり、自己の農業経営で自家用に増殖する場合には育成者権者の許諾(手続き)が必要です。なお、販売も譲渡もしない自家消費目的の家庭菜園・趣味としての栽培は、種苗法の制限の対象外とされています(農林水産省)。品種によって扱いが違う点は、栽培の前に確認しておきたいところです。
よくある質問
ムラサキマサリについて、よく検索される疑問を3つ取り上げます。ここまでの内容と重なる部分もありますが、要点を短くまとめました。
Q1. 紫芋の焼酎は紫色や赤色をしているのですか?
いいえ。アントシアニンは揮発しないため蒸留した焼酎には移らず、紫芋を使った芋焼酎も基本的には無色透明です。「赤霧島」の「赤」は、発酵中のもろみが赤くなることに由来するとされています。
Q2. ムラサキマサリを焼きいもにできますか?
栽培して食べること自体はできますが、農研機構は蒸しいもの食味は劣ると評価しています。焼きいもとして楽しみたい場合は、ふくむらさきなど青果用の紫芋のほうが向いています。
Q3. アヤムラサキとは別の品種ですか?
別の品種です。ただし無関係ではなく、アヤムラサキは母親にあたります。その収穫・加工のしにくさを改良する目的で育成されたのがムラサキマサリです。
参考資料
本記事は以下の一次情報をもとに作成しています。数値や制度は改定されることがあるため、最新の情報は各機関のページでご確認ください。
・農研機構 品種詳細「ムラサキマサリ」
・農研機構 プレスリリース「高アントシアニン品種『ムラサキマサリ』(かんしょ農林54号)」
・農研機構 品種詳細「ふくむらさき」
・農林水産省「かんしょ品種の普及状況」(PDF)
・農林水産省「種苗法の改正について」
・霧島酒造「赤霧島」ブランドサイト
・酒類総合研究所「清酒の官能評価分析における香味に関する品質評価用語及び標準見本」(PDF・ジアセチルの香質)
・法務省「民法(成年年齢関係)改正Q&A」
まとめ
ムラサキマサリは、紫芋のなかでも「食べる」より「使う」ことを目指して育てられた品種です。ここまでの要点を整理します。
・農研機構が育成した高アントシアニンの加工用品種。漢字表記は「紫優」
・2001年に「かんしょ農林54号」として命名登録され、種苗法上の品種登録は2004年(第12276号)
・母はアヤムラサキ、父はシロユタカ。アヤムラサキの収穫・加工のしにくさを改良した品種
・ペーストやパウダーなどの加工原料、そして芋焼酎の原料として使われる
・紫芋の焼酎に色は移らない。特徴は色ではなく香り
・育成者権は2024年に満了し、現在は一般品種にあたる
紫芋は品種によって役割がはっきり分かれています。焼きいもで甘さを楽しみたいときと、色を生かして加工したいときとでは、選ぶ品種が変わってきます。ムラサキマサリは、その「色と加工のための紫芋」を代表する一品種といえます。
ふくむらさきどっとこむ
