はじめに

沖縄の紅芋(べにいも)の品種を調べていると、「V4」という無機質な名前に出会うことがあります。ちゅら恋紅や沖夢紫の親として名前だけが挙げられ、それが何なのかはほとんど説明されていません。

V4は、1990年代の沖縄で広く栽培された、さつまいもの一系統の呼び名です。本記事では、この名前の由来から、紅いも菓子の色を支えた役割までを、資料にもとづいてわかりやすくご説明したいと思います。

V4とは?沖縄で「紅芋」と呼ばれた紫肉のさつまいも

V4は、沖縄で「紅芋」と呼ばれる紫肉のさつまいもの一つで、登録品種名としては確認できず、現地で定着した通称として記録されています。この点が、V4を理解するうえでの出発点になります。ここでは分類上の位置づけと、名前の由来を順に見ていきます。

品種名ではなく「通称」として広まった

V4は、ヒルガオ科サツマイモ属のさつまいも(学名 Ipomoea batatas)にあたります。沖縄では、肉の色が紫色をしたさつまいもをまとめて「紅芋」と呼びます。ヤマノイモ科のダイジョや、サトイモ科の田芋(ターンム)とは分類がまったく異なる作物です。この違いは沖縄の紅芋と県外への持ち出し規制の記事で詳しくご説明しています。

ただし「V4」は、農林水産省の品種登録データベースに登録された品種名としては確認できません。もっともV4は通称ですので、この事実だけでは、もとになったいもが登録品種であったかどうかまでは判断できません。いも類振興会の『いも類振興情報』131号(2017年)は、沖縄に持ち込まれたいもが現地でV4と呼ばれるようになった経緯を記録しています。畑と市場のなかで定着した呼び名だといえます。

「V4」という名前は何を意味するのか

型番のような名前ですが、その由来は素朴なものだったとされています。

同誌によると、1990年ごろに数種類の濃紫色のいもが沖縄に持ち込まれ、そのうちの「4番目」という意味からV4と呼ばれるようになったようだ、と説明されています。同誌自身が「〜のようである」と書いており、確定した記録ではない点にはご注意ください。

なお「V」が何の頭文字なのかについては、確認できた資料に記載がありませんでした。

V4はどこから来たのか|1990年代の導入と広がり

V4の来歴は、沖縄の在来品種とは成り立ちが違います。備瀬のように県内の畑から採取されたものではなく、県外から持ち込まれたいもが短期間で県内に広がった、という経緯をたどりました。ここでは導入の経緯と、地域ごとに生まれた別の呼び名をご紹介します。

県外から持ち込まれた数種類のうちの一つ

『いも類振興情報』131号によると、1990年ごろ、読谷村(よみたんそん)が「紅イモでむらおこし」をテーマにしたシンポジウムを開催しました。このときパネリストとして招かれた人物が、来沖の際に濃紫色のいもを数種類持ち込み、村内で試し栽培が行われたとされています。

そのうちの一つが、1995年ごろには沖縄本島の中北部で栽培を広げていきました。これがV4です。もとの品種が何であったのか、どこで育成されたものだったのかは特定されておらず、由来は現在も明らかになっていません。

当時の読谷村は、宮農36号を使った「読谷紅いも」のブランド化で県内に知られていました。紅芋への関心が高い土地に持ち込まれたことが、広がりの早さにつながったと考えられます。

地域ごとに違う呼び名があった

正式な品種名を持たなかったため、呼び方は地域によって分かれていました。

同誌は、地域によっては「ベニヒカリ」と呼ばれ、古宇利島(こうりじま)では持ち込んだ人の名にちなんで「ヤマガワムラサキ」と呼ばれていた、と記録しています。同じいもが、産地ごとに別の名前で流通していたことになります。

こうした呼称の分かれ方そのものが、V4が正式な品種名を持たないまま広まった系統であることを物語っています。資料を読む際は、これらが同じいもを指している可能性にご留意ください。

V4の見た目と味|外観と食味で評価が分かれた

V4は、外観と食味で評価が大きく分かれた品種でした。当時の紅芋を一気に見劣りさせるほどの見た目を持ちながら、食べたときの評価は伸びなかったと記録されています。ここでは、その両面を資料に沿って整理します。

外観と肉色は当時の紅芋を大きく上回った

『いも類振興情報』130号(2017年)と131号は、V4の外観を高く評価しています。いもの肥大性が良く、形は紡錘形でそろいがよく、表皮がなめらかで、肉色は鮮やかな濃い紫紅色でした。

当時の主力だった宮農36号や備瀬(びせ)と比べても、肉色の鮮やかさが際立っていたとされます。県外産のいものように整った見た目から、食味の良さまで連想させたと記録されています。

食味の評価は伸びなかった

ところが、実際に食べたときの評価は、見た目から期待されたものとは異なりました。

131号は、V4の食味評価について、やや甘みはあるもののえぐみをともない、「せいぜい中の下」だったと記しています。130号も、甘さが少なくえぐみがあると同様の記述をしています。

これは当時の試験や現場での評価であり、調理法や栽培条件による幅までは示されていません。同じ資料は、この評価が「形状の良さから連想される期待を裏切った」という受け止め方だったとも書いています。見た目への期待が高かったぶん、落差が大きかったわけです。

それでも市場では高い値が付いた

食味の評価とは別に、市場での評価は高いものでした。

130号によれば、中央卸売市場でのせり値は、備瀬など他の紅芋と比べて50円ほど高く競り落とされ、本島北部の直売所でもよく売れた時期があったとされています。

紅いもタルトの色を支えた加工原料としてのV4

V4がその後も残った理由は、青果としての評価ではなく、加工原料としての価値にありました。紅いもタルトなどの菓子の色が目を引くようになったのは、この品種の登場が大きかったと記録されています。ここでは、その理由と、加工現場での評価の変化を見ていきます。

「色ぬけしない」ことが加工では決め手になった

V4以前の主力だった備瀬は、食味は良いものの、色彩がくすんで見た目に映えにくいという課題を抱えていました。さらに備瀬や宮農36号には、収穫時期や個体によって肉色の濃淡が出やすいという性質もあったとされます。

これに対しV4は、生のいもの肉色が濃い紫で、色ぬけが見られませんでした。そのため、色の安定した紅いもペーストが得られ、タルトなどの菓子は鮮やかな赤紫色に仕上がるようになったと130号・131号は伝えています。

ここでいう「色の安定」は、収穫物ごとの肉色のばらつきが少ないという性質を指します。紫色のもとになるアントシアニンという色素が、加熱やpHにどれだけ強いかを測定したデータとは別の話です。

当初は「軟らかく水っぽい」と敬遠された

もっとも、加工原料としても最初から歓迎されたわけではありません。

131号によると、菓子原料として使い始めたころのV4は、蒸したいもが軟らかく水っぽく扱いづらい、と受け止められていました。それでも、繊維が少なくなめらかな肉質と鮮やかな濃紫色が評価され、しだいに加工原料用の主要な品種になっていったとされています。

この「軟らかく水っぽいため加工歩留まりが低い」という指摘は、のちの品種交代の伏線にもなりました。加工歩留まりとは、原料のいもから製品がどれだけ取れるかを示す割合のことです。

沖夢紫・ちゅら恋紅の誕生とV4が果たした役割

現在の沖縄の紅芋を代表する沖夢紫とちゅら恋紅は、備瀬とV4の自然交雑から生まれました。ただし、二つの品種に対するV4の関わり方は、多くの記事で書かれているものとは少し違います。ここでは、その経緯を資料に沿って確認します。

1996年、備瀬の畑の片隅で起きた自然交雑

131号によると、1996年、読谷村の約20アールの備瀬の畑の一角に、V4が30本ほど試し植えされていました。さつまいもは沖縄以外ではほとんど開花しませんが、沖縄では秋から春先にかけて花を咲かせます(農研機構)。両品種とも開花性が非常に良い性質でした。

その結果、V4の株と周囲の備瀬の株には、自然交雑によって多くの実がついていたといいます。人工的に掛け合わせたのではなく、畑で偶然に起きた交雑である点が、この二品種の来歴のポイントです。

「備瀬×V4を掛け合わせた」という説明を見かけますが、これは人工交配を思わせる表現です。

3年間の選抜試験で選ばれた2系統

ここが、V4という品種を理解するうえで見落とされやすい点です。

131号によると、育成にあたっては備瀬とV4の株から、それぞれ約300粒ずつの種子が採取されました。沖縄県農業試験場園芸支場(現・沖縄県農業研究センター)でおよそ3年間の選抜試験を重ねた結果、選び出された優良な系統は2つで、同誌はいずれも備瀬の株から採った種子に由来すると記録しています。これがのちの沖夢紫ちゅら恋紅です。

ただし、品種登録データベースの記載は「自然交雑実生から選抜」のみで、備瀬とV4のどちらが種子親であったかは示されていません。131号は育成に関わった方が共著者に加わった記録ですが、法定の情報がこれを裏づけていないため、本記事ではV4を「親の一方」と位置づけるにとどめます。

その後、加工歩留まりの課題を改善したちゅら恋紅への入れ替えが進み、V4は加工原料の中心ではなくなっていきました。もう一方の親については、沖縄の在来品種 備瀬の記事をご覧ください。

V4についてよくある質問

V4は登録品種名として確認できないため、他の品種とは扱いが異なる部分があります。ここでは、検索でよく見かける疑問にまとめてお答えします。

Q1. いまもV4は食べられますか?

130号・131号は、加工業者が指摘したV4の加工歩留まりの低さをちゅら恋紅が改善したことから、品種の入れ替えが進んだと伝えています。現在の栽培状況を示す公表データは確認できていないため、作付けの規模は推定しません。

Q2. V4は登録品種ですか?苗を増やしてもよいですか?

V4は、品種登録データベースに登録された品種名としては確認できません。一方で、沖縄県の在来品種として整理されている備瀬とも成り立ちが異なります。もとの品種が特定されていない以上、育成者権にもとづく制限の有無を当サイトでは断定できません。苗やつるの入手・増殖をお考えの場合は、種苗の販売元や沖縄県の担当窓口にご確認ください。

なお、アリモドキゾウムシなどが発生している地域から未発生地域へ、さつまいもの苗や生茎葉、地下部を移動させることは植物防疫法により規制されています。生のいもは所定の蒸熱処理を行えば持ち出せる場合があります。こちらは種苗法とはまったく別の制度です。

Q3. 備瀬とはどう違いますか?

備瀬は皮が白く食味は良いものの、肉色がくすみやすい点が課題とされていました。V4は外観と肉色の鮮やかさが際立つ一方、食味の評価は伸びませんでした。長所が正反対に近い二つの品種が同じ畑にあったことが、次の世代の品種につながっています。品種ごとの色や甘さ、用途の違いは紫芋の品種一覧で比較しています。

Q4. 「V」は何かの略ですか?

確認できた資料には、Vが何の頭文字であるかの記載がありません。持ち込まれた濃紫色のいものうち4番目、という順番の意味だけが伝えられています。

まとめ

V4は、1990年ごろに県外から沖縄へ持ち込まれ、通称のまま広がったさつまいもです。食味の評価は伸びなかった一方、肉色が安定して色ぬけしにくいという性質が加工原料として評価され、紅いも菓子の色を大きく変えたと記録されています。

そして1996年、備瀬の畑の片隅に植えられていたことが、沖夢紫とちゅら恋紅という次の世代の品種を生むきっかけになりました。どちらが種子親であったかは品種登録データベースに示されていないため、本記事ではV4を親の一方と位置づけました。それでも、この二品種の来歴にV4の名は確かに残っています。紫芋にはこうした品種ごとの来歴があり、紫芋とは何かの記事でも全体像をご紹介しています。

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